シリとヴェセミルが本気で議論|AIに仕事を任せるのはアリか?

シリVSヴェセミル

冬の終わりが近づいていたとはいえ、ケィア・モルヘンの朝はまだ寒い。

食堂では暖炉の火が小さく揺れ、ヴェセミルがテーブルの上に革紐や砥石、薬草の小瓶を並べていた。

いつもの道具の点検である。

その向かいでは、シリが椅子に深く座り、見慣れない薄い板を指先でつついていた。

どうやら、またどこかから妙なものを持ち帰ってきたらしい。

ヴェセミルは一度だけ視線を向けたが、何も聞かなかった。

長く生きていると、聞かない方がいいことも分かるようになる。

だが今回は、向こうから話しかけてきた。

シリ
シリ

ねえ。今日やることを全部こいつに決めてもらったら?

ヴェセミルの手が止まった。嫌な予感は、だいたい当たる。

ケィア・モルヘンにAIがやってきた

シリによれば、その薄い板は質問に答えるだけではなく、予定を組み、やるべきことを整理し、必要なら助言までしてくれるらしい。

ヴェセミルは薬草の小瓶を光に透かしながら話を聞いていた。

シリ
シリ

聞いたことを考えて、予定を作ったり、必要なことを教えてくれたりするの

ヴェセミル
ヴェセミル

ほう

反応は、意外なほど悪くなかった。

シリはてっきり、「そんなものに頼るな」くらいは言われると思っていたらしい。

ところがヴェセミルは、小瓶を元の場所へ戻しながら平然と言った。

ヴェセミル
ヴェセミル

使える道具なら使えばいい

シリ
シリ

……え?

ヴェセミル
ヴェセミル

砥石を使うのと何が違う

シリは思わず端末と砥石を見比べた・・・だいぶ違う気がする。

だがヴェセミルにとっては、仕事を楽にするなら同じ「道具」らしい。

依頼書を整理する。
必要な物を確認する。
忘れ物を教える。

それができるなら便利ではないか。そんな理屈だった。

そこでシリは腕を組んだ。どうも話がおかしい。

新しい道具を持ち込んだ自分が勧める側で、ヴェセミルが渋る。

そういう展開になると思っていた。

しかし実際には、きれいに逆である。

シリ
シリ

でも私は嫌よ。機械に『今日はこれをしろ』なんて決められるの

ヴェセミルは砥石から目を上げずに答えた。

ヴェセミル
ヴェセミル

お前は人に言われてもやらんだろう

シリの言葉が一瞬止まった。

シリ
シリ

……そういう問題じゃない

そこで初めてヴェセミルが顔を上げた。

ヴェセミル
ヴェセミル

かなりその問題だと思うが

開始数分で、論争の構図は決まった。

今回はヴェセミルがAI活用派。

そして謎の端末を持ち込んだ本人であるシリが反対派である。

北方諸国の技術革新としては、かなりややこしい状況だった。

ならばAIに一日を決めてもらおう

しばらく言い合ったあと、シリは端末をテーブルの中央へ置いた。

シリ
シリ

そこまで言うなら、試してみる?

ヴェセミル
ヴェセミル

構わん

売り言葉に買い言葉だった。

二人は、その日に片付けなければならない仕事を端末へ入力していった。

  • 訓練
  • 装備点検
  • 薪運び
  • 食料庫の確認
  • 薬草の整理
  • 城壁の一部の点検

さらに、誰かが「あとでやる」と言ったまま何日も放置されている細かな雑用まで加えていく。

しばらくすると、一日の予定が表示された。

シリは画面をのぞき込み、露骨に顔をしかめた。

朝一番は訓練。

その直後に薪運び。

続いて装備点検。休憩らしい休憩は、その先だった。

シリ
シリ

朝から訓練?

ヴェセミル
ヴェセミル

当然だ

シリ
シリ

しかも剣のあとに荷物運びよ

ヴェセミル
ヴェセミル

身体が温まっている。効率がいいな

シリは無言で端末を見た。それからヴェセミルを見る。もう一度、端末を見る。

シリ
シリ

こいつと気が合いすぎじゃない?

ヴェセミルは明らかに機嫌がよかった。

長年にわたり若いウィッチャーたちへ、「先にやるべきことをやれ」と言い続けてきた男である。

ついに自分と同じことを言う機械が現れたのだ。

今度はヴェセミルが査定される

ところが、状況はすぐに変わった。

予定表を眺めていたシリが、画面の別の項目に気づいたのである。

シリ
シリ

あ!

ヴェセミル
ヴェセミル

なんだ

シリ
シリ

持ち物も整理してくれるみたい

ヴェセミルの表情が、ほんの少しだけ曇った。シリはそれを見逃さなかった。

食堂の隅に置かれていたヴェセミルの道具箱を引っ張ってくる。

中から出てきたのは、古い革紐、欠けた砥石、小さな金具、用途の分からない布、そしていつからそこにあるのか誰も知らない瓶。

シリは一つずつテーブルへ並べていった。

シリ
シリ

これ全部、必要なの?

ヴェセミル
ヴェセミル

必要だ

返答が異様に速かった。

シリは笑いをこらえながら端末へ説明を入力する。

するとAIは、長期間使っていない物を整理し、用途が重複する物は減らしてもいいのではないか、と提案した。

食堂に沈黙が落ちた。暖炉の薪が、ぱちりとはぜる。

シリ
シリ

減らせって

ヴェセミル
ヴェセミル

そいつは何も分かっていない

数分前まで、「使える道具なら使えばいい」と言っていた男の発言とは思えなかった。

シリ
シリ

急に信用なくなったわね

ヴェセミルは古びた革紐を一本取り上げた。

まるで没収されそうな宝物を守るような持ち方だった。

ヴェセミル
ヴェセミル

これはいつか使う

シリ
シリ

いつ?

ヴェセミル
ヴェセミル

必要になった時だ

完璧な理屈だった。少なくとも本人の中では。

本当にAIの予定通り動いてみた

口論だけでは決着しない。

そこで二人は、端末が作った予定を本当に試してみることにした。

午前中は訓練。その勢いのまま薪を運び、装備を点検し、食料庫を整理する。

最初こそシリは、

  • 「休憩が少ない」
  • 「順番がおかしい」
  • 「薪は午後でもいい」

とぶつぶつ言っていた。

だが、昼を過ぎた頃には妙なことに気づいた。

やるべき仕事が、ほとんど残っていなかったのである。

いつもなら途中で別のことを始めたり、必要な道具が見つからなかったりして、夕方までずるずる続く仕事が片付いている。

シリは予定表を確認した。午後には、しっかり空き時間まで残っていた。

シリ
シリ

……もう終わった

ヴェセミル
ヴェセミル

何がだ

シリ
シリ

今日やること

ヴェセミルは満足そうにうなずいた。

シリも認めたくはなかったが、確かに悪くない。

予定を決める作業そのものを任せてしまえば、その分だけ迷う時間は減る。

しかし、その平和は長く続かなかった。午後の予定を確認したシリの指が止まる。

シリ
シリ

ヴェセミルおじさん!剣の手入れ、二時間になってる

ヴェセミル
ヴェセミル

それがどうした?

シリ
シリ

これ、一時間で十分だって

ヴェセミル
ヴェセミル

却下だ

あまりにも速かった。シリは呆れた顔でヴェセミルを見る。

ヴェセミルは何事もなかったかのように剣を手に取った。

ヴェセミル
ヴェセミル

刃の状態を見ずに、時間だけで判断するな

シリ
シリ

AIに仕事を任せる派じゃなかった?

ヴェセミルはしばらく刃を眺め、それから当然のことを言うように答えた。

ヴェセミル
ヴェセミル

任せるとは言っていない。使うと言ったんだ

いつの間にか主張が少し変わっていた。もっとも本人には、その自覚はないらしい。

結局、誰が決めるのか

夕方。二人は再び食堂へ戻っていた。

シリは椅子に深くもたれ、ヴェセミルはいつものように剣を磨いている。

昼間の騒ぎが嘘のように静かだった。

シリ
シリ

結局さ、全部任せるのは嫌だけど、面倒なところだけやらせるなら便利ね

ヴェセミルは当然のようにうなずいた。

ヴェセミル
ヴェセミル

最初からそう言っている

シリはゆっくり顔を上げた。

シリ
シリ

絶対そこまで言ってなかった

ヴェセミルは聞こえなかったふりをした。

どうやら今回の論争は、珍しく決着らしい決着を迎えそうだった。

AIに全部を決めてもらう必要はない。

だが、予定を整理したり、抜けを確認したり、面倒な作業を減らしたりするために使うなら悪くない。

最後の判断だけは自分ですればいい。実に穏当な結論である。

問題は、その直後だった。

シリ
シリ

で、夕飯どうする?

ヴェセミル
ヴェセミル

何でもいい

シリ
シリ

私も決めるの面倒

二人は黙った。暖炉の火だけが揺れている。

やがて、ほとんど同時にテーブルの端へ視線を向けた。

そこには例の端末が置かれていた。

数秒後、シリは無言で端末を手に取る。

シリ
シリ

残ってる食材で夕飯考えて

ヴェセミル
ヴェセミル

干し肉は使い切れ

AIに人生を決めさせるべきではない。

二人の意見は、そこでは完全に一致していた。

夕飯については別らしい。

今回の大論争、あなたはどっち?

AIに予定を立ててもらい、仕事を整理してもらうヴェセミル。

そんなものに指図されたくないと言っていたのに、便利さを知ると少しずつ使い始めるシリ。

結局二人とも、

「便利なところだけ使って、最後は自分で決める」

というところへ落ち着きました。

もっとも、夕飯程度の判断ならあっさり丸投げするようですが。

あなたならAIにどこまで任せますか?

全部自分で決めたい派でしょうか。

それともヴェセミルのように、使える道具は遠慮なく使う派でしょうか。

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