『ウィッチャー3 ワイルドハント』をプレイし終えたとき、広大な冒険の果てに、ふと胸に穴が空いたような虚無感を感じたことはありませんか?
ゲラルトは伝説の剣士であり、シリは世界を救う力を持つ英雄です。しかし、アンドレイ・サプコフスキが描いた原作小説の根底に流れているのは、英雄譚のような輝きではありません。
そこにあるのは、「時代遅れの怪物狩り」という絶滅危惧種の悲哀と、「普通の幸せを決して望めない者たち」が、不器用に家族になろうとした記録です。
今回は、ヴェセミル、ゲラルト、シリの三世代の系譜を通して、ゲームでは気づきにくい「ウィッチャーという物語の本当の悲しみ」について考察します。
ケィア・モルヘンは「本拠地」ではなく「墓標」である

ゲームの序盤で訪れるウィッチャーの砦、ケィア・モルヘン。
壮大な音楽と共に描かれるあの場所は、原作においてはもっと寒々しく、「終わりの場所」として描かれています。
かつて多くのウィッチャーを生み出した実験室は破壊され、その秘法を知る魔術師たちはもういません。
そこに残っているのは、ヴェセミルという老いた師と、数人の生き残りだけ。彼らは冬の間だけそこに集まり、春が来れば死地へと旅立ちます。そして、戻ってくる人数は年々減っていくのです。

彼らは知っています。自分たちの代で、狼流派は終わるのだと。
新しい子供たちが連れてこられることは二度となく、ウィッチャーという存在は歴史の闇に消えていく運命にある。
そんな「死を待つだけの場所」に、運命のいたずらで運び込まれたのが、少女シリでした。

「愛し方」を知らなかった男たちの悲劇
原作小説『エルフの血脈』には、この物語の悲しさを象徴する、ある印象的なエピソードがあります。
ケィア・モルヘンに連れてこられた幼いシリに対し、ヴェセミルやゲラルトたちウィッチャーは、彼女をどう扱っていいか分からず、自分たちがされたのと同じ教育を施そうとしました。

彼らはシリに筋肉増強のための「草」や、特殊なキノコのサラダを食べさせ始めます。それは、彼女を自分たちと同じ「変異体」へと作り変えるための準備でした。彼らに悪気はありません。彼らは「ウィッチャーとしての生き方」しか知らないからです。
トリス・メリゴールドの叫び
その惨状を止めたのは、城を訪れた魔女トリス・メリゴールドでした。
彼女は、男たちが無自覚にシリの身体(女性としての機能や成長)を壊そうとしていることに気づき、激怒します。


あなたたちは、この子を何にするつもりなの? 変異体にするの? 感情のない怪物殺しにしたいの?
ヴェセミルたちは、その時初めて呆然とします。
彼らはシリを愛していました。けれど、「普通の人間としての愛し方」や「育て方」を誰にも教わってこなかったのです。

自分たちが社会から疎外された「人間もどき」であるがゆえに、愛する娘もまた「人間もどき」にする以外の選択肢を持てなかった。
このエピソードは、ウィッチャーという存在がどれほど孤独で、人間的な営みから断絶されているかを残酷なまでに突きつけてきます。
ゲラルトが恐れた「運命」の正体

ゲームのゲラルトは、シリを捜すために大陸中を奔走します。しかし原作のゲラルトは、最初、シリという運命から逃げ続けていました。
なぜなら、彼は「ウィッチャーである自分には、子供を幸せにすることなどできない」と痛いほど理解していたからです。
「感情がない」と世間から罵られ、自分自身でもそう思い込もうとしていたゲラルト。
彼がシリに剣を教えたのは、彼女をウィッチャーにしたかったからではありません。この理不尽な世界で、彼女が一人でも生きていけるようにするため…つまり、いつか訪れる「別れ」のための教育でした。
「何か別なもの(Something More)」

短編小説で描かれる、戦火の中で二人が再会するシーン。
シリはゲラルトに抱きつき、こう尋ねます。

私はあなたの運命なんでしょう? 言って、私は運命だって!
それに対し、ゲラルトはこう答えます。

お前は運命以上のものだ。何か、別なものだ(Something More)
これは感動的なシーンですが、同時に深い悲しみを秘めています。
「運命」という言葉で縛らなければ繋がれなかった二人が、ようやく「家族」になれた瞬間。しかし、ウィッチャーである彼には、彼女に「普通の家」も「平和な暮らし」も与えられないのです。
剣を受け継ぎ、家族を失ったシリ
そして、この系譜の最後にあるシリ。
彼女は最終的に、ウィッチャーとしての剣技と精神を受け継ぎました。しかし、それは彼女が望んだ未来だったのでしょうか?
原作の結末にかけて、シリは過酷すぎる運命に翻弄されます。

愛してくれたケィア・モルヘンの「おじさんたち」との温かい日々は二度と戻らず、彼女は血と泥にまみれながら、生きるために人を殺めるようになります。
ヴェセミルから教わった知識も、ゲラルトから教わった剣術も、すべては「孤独に生き延びるための武器」になってしまいました。
この世界に、彼らの居場所はなかった

原作のラストシーンについては詳しく触れませんが、それは決して「めでたし、めでたし」ではありません。
文明が発達し、魔法や怪物が消えゆく世界において、ウィッチャーやシリのような「古き力」を持つ者たちの居場所は、もうどこにも残されていなかったのです。
おわりに:それでも彼らは必死に生きた
ウィッチャーの物語がなぜ、これほどまでに私たちの心を締め付けるのか。
それは、「滅びゆくことが確定している者たち」が、それでも最期まで「人間らしくありたい」と足掻いた記録だからではないでしょうか。
ヴェセミル、ゲラルト、そしてシリ。

血の繋がりはなく、種族さえも異なる彼らが、雪深い廃墟の城で寄り添った、ほんのひと時の温もり。
それこそが、この残酷な世界で彼らが見つけた、唯一の救いだったのかもしれません。
次にゲームで銀の剣を振るうときは、思い出してみてください。
その剣技の背後には、決して語られることのない、孤独な父たちの悲しい愛があることを。


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