法廷闘争から素晴らしい契約へ『ウィッチャー4』と原作者サプコフスキ氏、CDPRの知られざる関係史【Witcher4】

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関係性 ウィッチャー4
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『ウィッチャー3 ワイルドハント』は、今や世界的な人気を誇るゲームシリーズです。多くのファンが、来るべき新作『ウィッチャー4(開発名: Project Polaris)』に胸を躍らせています。

しかし、この壮大なゲームの世界に、ポーランドの作家アンジェイ・サプコフスキ氏による原作小説が存在することをご存知でしょうか?

Witcher原作

ゲームから『ウィッチャー』の世界に入ったファンも多いかもしれませんが、実はゲーム開発会社「CD PROJEKT RED(以下CDPR)」と、この原作者サプコフスキ氏の関係は、ゲーム本編さながらの波乱に満ちたものでした。

この記事では、法廷闘争寸前まで至った両者の対立から、現在の「素晴らしい関係」に至るまでの経緯、そして『ウィッチャー4』に向けた彼らの新たな関係性を、分かりやすく解説します。

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第1章:すべては「愚かな」契約から始まった

小規模なポーランドのゲーム会社

物語は1990年代に遡ります。当時、CDPRはまだ小規模なポーランドのゲーム会社でした。彼らは、国内で人気だったサプコフスキ氏の小説『ウィッチャー』のゲーム化を熱望し、原作者に契約を持ちかけます。

この時、CDPRは「ロイヤリティ契約(ゲームの売上や利益に応じて、継続的に著者にも分配金が支払われる仕組み)」を提示しました。

しかし、サプコフスキ氏はこの申し出を拒否します。

No

彼は当時、ビデオゲームという媒体を全く信用しておらず、「ゲームが成功するはずがない」と考えていました 。彼はロイヤリティではなく、「今すぐ全額を現金でくれ」と要求し、一括の前払金を受け取る契約を選びました。

その金額は、複数の報道によれば、わずか9,500ドル(約100万円強)程度だったとされています。

後に彼は、この決断を振り返り、自ら「私は愚かだった (I was stupid)」と認めています。

第2章:ゲームの大ヒットと16億円の要求

ウィッチャー3

ご存知の通り、『ウィッチャー』シリーズ、特に2015年の『ウィッチャー3』は世界的なメガヒットを記録。CDPRは数十億ドル規模の企業価値を持つ世界有数のスタジオへと成長しました。

一方、サプコフスキ氏は、自らが生み出した世界が莫大な富を生み出すのを目の当たりにしながら、最初の一括払い金以外、その成功から一切の利益を得られない状況にありました。

そして2018年10月、事態は急変します。

弁護団

サプコフスキ氏の弁護団が、CDPRに対し「6000万ズウォティ(約16億円)」の追加報酬を要求する公式通知を送付したのです。

これは単なる「ごね得」ではありませんでした。彼が根拠としたのは、ポーランドの著作権法第44条、通称「ベストセラー条項」です。

これは、「作者が受け取った報酬と、ライセンス購入者が得た利益との間に『著しい不均衡』が生じた場合、作者は裁判所に報酬の増額を要求できる」という、著者を守るための法律です。

100万円と数百億円の利益では、まさに「著しい不均衡」だ、という主張でした。

CDPRの冷静な対応

公式声明

これに対し、CDPRは投資家向けに公式声明を発表。その内容は実に巧みでした。

👤法的には「根拠がない」
当初の契約は合法的に結ばれており、支払いも完了しているため、法的な要求には「根拠がない」と突っぱねました。

👤関係的には「友好的な解決」を望む
しかし同時に、「我々はサプコフスキ氏との良好な関係を維持したい」とし、この紛争の友好的な解決を望むと表明したのです。

これは「法廷で戦えば勝てるが、ブランドイメージの悪化や関係断絶は避けたい。話し合いで和解しよう」という、非常にクレバーなメッセージでした。

第3章:2019年の和解と「新たな枠組み」

法的要求から約1年後の2019年12月、両者は和解に至り、新たな契約を締結したことを発表しました。

和解金の具体的な額は非公開ですが 、この新契約は両者にとって「ウィン・ウィン」と呼べるものでした。

CDPRの公式発表によれば、この合意は以下の内容を含んでいます。

✅ 過去の清算
過去および現在の双方のニーズと期待を満足させ、完全に明確化する

サプコフスキ氏は彼が満足するだけの金銭的補償を受け取り、16億円の要求を取り下げました

✅ 未来への投資
将来の協力のための枠組みを設定する

サプコフスキ氏は今後、ゲームや関連商品の売上から継続的なロイヤリティを受け取る権利を得ました。

✅ CDPRの権利確保
当社(CDPR)に新たな権利を付与する」と同時に、「ビデオゲーム、グラフィックノベル、ボードゲーム、マーチャンダイズにおける既存の所有権を再確認する」

CDPRは将来の『ウィッチャー4』開発やグッズ展開において、原作者から再び「不均衡だ」と訴えられるリスクを完全になくし、IPの所有権を強固にしました。

CDPRのCEOアダム・キシンスキ氏は、この和解を

キシンスキ氏
キシンスキ氏

我々の継続的な関係における新たなステージの幕開けだ

と宣言しました。

第4章:現在の関係:「素晴らしい契約」と「創造的な距離」

では、和解から数年が経過し、『ウィッチャー4』の開発が進む現在の関係はどうなっているのでしょうか?

答えは「金銭的には最高、創造的にはほぼ無干渉」です。

金銭的関係: “Excellent”

2024年以降のイベントで、サプコフスキ氏自身が現在のCDPRとの関係について公に語っています。

サプコフスキ氏
サプコフスキ氏

私とゲーム関係者との契約は、現在は素晴らしい(excellent)。この状態が続くことを願おう。

あの愚かだった契約は過去のものとなり、彼は今、フランチャイズの成功に見合った公正な利益を(おそらくロイヤリティとして)受け取っており、金銭的な対立は完全に解消されました。

創造的関係: “Rare”

一方で、創造的な側面では、両者の距離はむしろ広がっています。サプコフスキ氏は、CDPRが彼に設定や lore(伝承)について助言を求めることは「今では稀(rare)」になったと認めています。

『ウィッチャー4』への関与:「ハンズオフ(不干渉)」

この「創造的な距離」は、『ウィッチャー4』において決定的です。

サプコフスキ氏は『ウィッチャー4』の開発に貢献するよう打診されていないと明言しています。

『ウィッチャー4』のゲームディレクター、セバスチャン・カレンバ氏もこの事実を認め、「彼はコンサルタントのような形では関与していません」と述べています。

しかし、これは決してネガティブな意味ではありません。カレンバ氏はこう続けています。

カレンバ氏
カレンバ氏

我々は彼と素晴らしい関係(great relationship)を築いています。彼は我々開発チームに多大な信頼(great trust)を寄せており、ハンズオフ(不干渉)のアプローチを取っています。

つまり、2019年の和解は、

🤝CDPRは原作者に敬意を払い、十分な対価を支払う
🤝原作者はゲームの創造的な部分には口を出さず、CDPRの独自の解釈と拡張を信頼する

という、新しい均衡点を生み出したのです。

第5章:両者の見解が分かれる「ウィッチャーの流派」

現在の「創造的な距離」を最も象徴しているのが、ファンにとっても馴染み深い「ウィッチャーの流派」を巡る見解の相違です。

ゲームでは、ゲラルトが属する「狼流派」のほか、「猫流派」「グリフォン流派」「熊流派」など、様々な流派の装備や物語が世界を豊かにしています。

狼流派

しかし、原作者サプコフスキ氏は、この「流派」の概念そのものに不満を抱いています。

2025年に行われたAMA(Ask Me Anything:なんでも質問して)セッションで、彼はこの件について痛烈な批判を展開しました。

サプコフスキ氏
サプコフスキ氏

『狼流派』に関する一文が、不可解にも最後の願い(短編集)に入り込んでしまった。私は後に、それを発展させる価値がなく、物語上不正確だと判断した。

そして、ゲーム開発者たちを名指しこそしないものの、明らかに彼らを指してこう述べたのです。

サプコフスキ氏
サプコフスキ氏

しかし、その一文で十分だった。ビデオゲームの人々(CDPR)は、驚くべき執念でそのアイデアに固執し、これらの『ウィッチャーの流派』を見事に増殖させた。それらは完全に不必要なものだった。

彼は「ウィッチャーのグリフィンドールやスリザリンなど、二度と言及しなかった。決して(Never)」とまで言い切っています。

よほどこの流派というものが気に入らないんでしょうね。

ファンへの補足:原作者の記憶違い?

記憶違い

しかし、熱心な原作ファンならご存知かもしれませんが、このサプコフスキ氏の「(狼以外)決して言及しなかった」という主張は、厳密には正しくありません。

彼自身が2013年(ゲームの大成功後)に執筆した小説『嵐の季節』には、「猫流派」に属するウィッチャーが明確に登場し、言及されています。

この事実は、彼がゲームによる独自設定の拡張を(金銭的には受け入れつつも)創造的なプライドとしては受け入れ難い、という複雑な心境を反映しているのかもしれません。

『ウィッチャー4』と「山猫流派」

サプコフスキ氏が「不必要」と断じた一方で、CDPRは『ウィッチャー4』の最初のティザーイメージで、新たなメダリオンを公開しました。これは、CDPRが独自に設定した新しい「山猫流派(School of the Lynx)」のものであると確認されています。

これは、CDPRが原作者の批判を(創造的な意味では)意に介さず、2019年の契約で保証された「創造的自由」を行使し、独自の「ゲーム・カノン」を拡張し続けるという明確な意志表示です。

結論:『ウィッチャー4』に向けた完璧な「ウィン・ウィン」

CDPRと原作者サプコフスキ氏の関係は、

① 9,500ドルの一括払い(著者による誤算)
② 16億円の法的要求(対立)」
③ 2019年の和解(金銭的修復と、創造的自由の確立)

という劇的な変遷を経て、現在は非常に安定的で「素晴らしい」状態にあります。

『ウィッチャー4』において原作者がコンサルタントとして関与していない という事実は、ファンにとって不安材料ではなく、むしろ朗報です。

素晴らしい契約

それは、サプコフスキ氏が「素晴らしい契約」によってフランチャイズの成功から正当な報酬を受け取り 、CDPRが「多大な信頼」「創造的自由」を(和解金という形で)手に入れたことを意味します。

両者は今、互いの領域を尊重する完璧な「ウィン・ウィン」の関係にあります。CDPRは原作者の顔色をうかがうことなく、彼らが信じる最高の『ウィッチャー』の世界(「山猫流派」を含む)を自由に構築できるのです。

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